歌聖 柿本人麿(人麿さん)ゆかりの地をめぐる益田市の旅。

『人形峠』にて人麿さんの人形岩にご挨拶を済ませ目指すのは、人麿さん生誕の地とされる、益田市戸田地区。

北浦街道(国道191号線)を南に曲がり2㎞ほど進んだところに、人麿さんを祀る『戸田柿本神社』があります。(北浦街道沿「戸田柿本神社」の看板を目印に曲がります。)

ひっそりと森を携えたように建つ神社。
遠くからだと質素なように見えますが、足を進めるごとにその印象は覆ります。
戸田柿本神社

朱塗りの鳥居に惹きつけられ階段を上がると、そこだけ時間がゆっくり流れているような、なんとも大らかな空気が漂う境内に辿り着きます。

戸田柿本神社(鳥居)

拝殿に近づいて驚かされたのは、梁に彫られた彫刻です。
これは津和野藩のお抱え彫刻師 大島松渓の作で、人麿さんを熱く崇拝した津和野亀井藩主によって寄進されたものとのこと。それはそれは精巧で、贅沢な浮彫。しばらく梁を見上げたまま、ぽかんと見入ってしまうほどでした。
戸田柿本神社(梁)

この神社は、学問、産業、疫病除厄の他に、火難防除、安産の神様としても信仰されているそうなのですが、その理由が面白い!"柿本(火気の元)人麿(火止まる)"、"人麿(人生まる)"からなのだそうです。

人麿さんは本当に、土地の方々に親しまれ、崇敬されてきたのですね。

「戸田柿本神社の境内入口にある石州瓦の鯱」の拡大写真

「戸田柿本神社の拝殿」の拡大写真

「戸田柿本神社の駐車場から見た、戸田地区の風景」の拡大写真

神社から100mほどのところには、『人麿遺髪塚』があります。

ここは、人麿さんの生家と伝わる綾部家が、鴨山で死去した人麿さんの遺髪を持ち帰り埋葬した場所と言われています。石碑には、「柿本朝臣人麿御廟所」とありました。
人麿遺髪塚

柿本人麿生誕地の碑(人麿遺髪塚前)綾部家は、柿本氏の語家(語り部)として代々仕えてきた家。
諸説ありますが、人麿さんは、柿本氏と綾部家の娘との間に生まれ、綾部家で養育されたと伝えられています。
そしてなんと!奈良時代の創建から今に至るまで、同家は戸田柿本神社の宮司を務め、今も人麿さんを守り続けておられるのです。

途方もない年月が過ぎてもなお、脈々と続く人麿さんへの信仰、想いを感じて、私たちも静かにお参りをさせていただきました。

人麿さんを訪ねて...【その3】