かつて石や木や土や火を使って生活を営んでいた祖先の暮らしに『鉄』が登場したとき

武具や農機具、包丁・鍋などの生活道具となってそれらを手にしたとき
人々の反応を想像すると、驚きや喜びや・・きっとものすごいインパクトで、暮らしぶりを大きく変えていったことでしょうね。

日本における鉄との出合いは古代まで遡ります。
最初は外国からの輸入で、やがて加工したり作るようになっていきました。

日本古来の鉄作りの技術「たたら製鉄」は、砂鉄と木炭を原料に、粘土で作った炉に風を送って木炭を燃え上がらせ、砂鉄に化学変化を起こして鉄を得るというものです。炉
長い歴史のなかで改良を重ね、江戸時代中期、技術的に完成し、幕末から明治初期にかけて最盛期を迎えたと言われています。

中国山地には「たたら製鉄」に必要な良質の砂鉄や粘土、燃料の木炭を得るための森林が豊富で資源に恵まれていたため、中国地方で盛んに行われましたが、なかでも奥出雲地方(現在の雲南市・奥出雲町)の鉄生産量は圧倒的なシェアを占めていたそうです。

それまでは風がよく山の斜面などに移動しながら炉を築いて行っていたのが、近世になり製鉄作業を行う建物「高殿(たかどの)」が登場すると、そこで安定的に鉄が作られるようになりました。これで雨が降っても大丈夫。

菅谷高殿 外観

「菅谷高殿」 (※菅谷(すがや)は地名)

菅谷高殿


古くから製鉄を行っていたと伝わる雲南市吉田町に高殿が建ち、操業を開始したのは江戸時代の1751年。

近くに資源が豊富だっただけでなく、ここは谷間にあるため風の通り道となり、
鉄を作るのに必要な冷たく乾いた風が、すぐ脇を流れる菅谷川の川下からあがってきて高殿へと吹き抜けます。菅谷川

また隣の三刀屋町には船着き場があり、斐伊川を通って、宍道湖や中海そして日本海を船で往来でき、鉄や生活物資を運ぶのに便利。立地条件を満たす最高の場所でした。


高殿での鉄作りは、炎や風を見極めるなど鉄の出来を左右する重要な技術責任者である「村下(むらげ)」を中心に、十数人の職人たちが、三日三晩を「一代(ひとよ)」とよび、ほとんど寝ずに行う作業だったそうです。相当な精神力や体力が必要ですよね・・・。

村下坂 村下だけがここを通って高殿に入ることができました。

そうして1921年(大正10年)までの170年間、高品質の玉鋼(たまはがね・・たたら製鉄によってできる純度の極めて高い一番いい鉄)が作り出され、日本刀などに使われたのでした。

いまもこうして当時の高殿が残っているのは、日本で唯一、ここだけです!
国の重要民俗文化財。宮崎駿監督の映画『もののけ姫』に登場するたたら場のモデルになったと言われています。

足を踏み入れると、空間を漂う静かな迫力と神聖な気配を感じ、(軽々しく動けない・・)と思いました。高い天井と中央に置かれた炉、広い空間が印象的です。"本物"が残した熱気がまだここにあるようで、炉は静かに活躍のときを待っているようにも見えました。

菅谷高殿菅谷高殿砂鉄を置く場所「小鉄町(こがねまち)」
菅谷高殿菅谷高殿村下らが休息した村下座

「菅谷高殿」は標高およそ350mに位置する「菅谷たたら山内(さんない)」にあります。

菅谷たたら山内
「山内」とは鉄づくりに従事する人たちの職場、住んでいた集落があった地区の総称です。
高殿以外にも、鉄作りに使う建物やゆかりの場所、かつての「村下」の屋敷や職人さんが住んでいた家々が立ち並んでいます。

たたら製鉄に使われていた場所 (鉄池)たたら製鉄に使われていた建物 (送風水車小屋)

集落にはいまもたたら製鉄に携わった子孫の方々が住んでおられます。

菅谷川とても清らかで美しい菅谷川、火を扱うことを生業とする人々が守護神として祀る「金屋子(かなやご)神」の祠もあります。
金屋子神の祠







高殿のすぐ近くには、金屋子神が降臨されたと伝わる御神木の立派な桂の木も存在感を放っています。

桂の木






年に一度、3月下旬から4月上旬にほんの数日だけ真っ赤に芽吹きます。それはまるでたたら製鉄の炎のようだと言われ、ひと目見ようと毎年多くの方が訪れるのだそうです。

桂の木と高殿

桂の木と高殿
ぜひ実際に足を運んで、ここの風や水や空気を感じてみてほしいです。
タイミングが合えばガイドの方の詳しいお話もきけますよ。

★菅谷高殿(島根県雲南市の観光サイト うんなん旅ネット)
★菅谷たたら山内(島根県雲南市の観光サイト うんなん旅ネット)
★桂の木 菅谷たたら(島根県雲南市の観光サイト うんなん旅ネット)


このたたら場は、奥出雲地方の三大鉄師・たたら御三家( 田部(たなべ) 家・ 櫻井(さくらい) 家・ 絲原(いとはら) 家)のうち、田部家が経営していました。

田部家の本宅や土蔵群はいまもまちのなかにあり、田部家の土蔵群そこから石畳の坂道をあがって鉄山師の町「吉田のまち並み」をゆっくり散策するのもお薦めです。食事処やお菓子屋さんもありますよ。

吉田のまち並み(島根県雲南市の観光サイト うんなん旅ネット)
鉄山師 吉田町の坂道
鉄山師のまち 坂道






坂を上の方まであがると「鉄の歴史博物館」があります。





鉄の歴史博物館
ここではたたら製鉄の技術や歴史、鉄が果たした役割や鉄山師田部家の紹介など、たたら製鉄に関する資料が2つの館でテーマを分けて展示されています。

鉄の歴史博物館 展示室内鉄の歴史博物館 展示室

記録映画「和鋼風土記」はお薦めです。大正時代、日本最後のたたら操業に携わった「村下」の立会いの下で行われた貴重な復元操業の様子をみることができます。

鉄の歴史博物館(島根県雲南市の観光サイト うんなん旅ネット)

最後に、「鉄の未来科学館」へ向かいました。

鉄の未来科学館

ここは世界の製鉄の歴史を知り、鉄文化の未来を考えようとする場です。

これまで見てきた施設とは様子がガラリと変わります。

鉄の未来科学館 内観ここでしか見ることができない"深さ4mの地下構造"を含む菅谷たたら製鉄炉や、たたら製鉄の後に活躍した日本初の洋式高炉、イギリスで作られた世界初のコークス高炉、これら実物大の復元模型が3つ豪快に立ち並び、展示空間の真ん中あたりの高さから室内に入ると、見上げて見下ろして、あっち行こうか、こっち行こうかと、楽しいつくりでワクワクしながらみてまわりました。

鉄の未来科学館(島根県雲南市の観光サイト うんなん旅ネット)

すぐ近くには「たたら鍛冶工房」があり、近代たたらで作られた刃物の展示即売があるほか、鉄の鍛錬の見学ができたり、小刀やペーパーナイフづくりの体験を通して昔ながらの鍛冶体験をすることもできます。もっと本格的な体験をお望みなら炉を作るところから始める「小だたら操業体験」もできます(要予約)。



たたら鍛冶工房

かつて「鉄の歴史村」を宣言した雲南市吉田町は、このまちの鉄作りの歴史を後世に残していくための取り組みを続けてこられました。

そのおかげで私たちは、鉄作りについて、大切に残されてきたもの、復元されたもの、豊富に集められた展示資料、そして語り継ぐまちの人びとから、深く学び、そこかしこに漂う熱を感じることができるのだと思います。



ご紹介した施設は少し離れているので、まち巡りにはできれば車がお薦めです。中国横断自動車道 尾道松江線(中国やまなみ街道)沿いの道の駅『たたらば壱番地』に立ち寄って、おいしいものとの出合いを楽しみ、情報を得てから出かければ、戻ってくる頃には「"たたらば壱番地"ってそういうことか!」と得心するのではないでしょうか..!?
 "中国やまなみ街道"から何となく眺めていた"やまなみ"も、少し見え方が変わるかもしれません..。

鉄の歴史村(公益財団法人 鉄の歴史村地域振興事業団サイト)

※「鉄の歴史博物館」「鉄の未来科学館」は施設内での写真撮影は禁止されています。今回は特別に許可をいただきました。  

「菅谷高殿を望む」の拡大写真

「菅谷高殿 炉」の拡大写真

「菅谷高殿」の拡大写真