島根県浜田市三隅町。
標高599メートルの大麻山の中腹に位置する、『室谷の棚田』。

室谷の棚田
上室谷・下室谷、諸谷の3つの集落からなる、合わせて"両谷"と呼ばれる長閑な中山間地域に広がる、広大な棚田地帯。

室谷の棚田は、農林水産省が棚田の保全のために認定する『日本の棚田百選』にも選ばれている、日本有数の棚田。平成21年には新嘗祭の献上米にもなったほど、美味しいお米の産地です。

ここの棚田の多くは、石積みではなく土畦畔で作られています。

室谷の棚田(土畦畔)

それは、この辺りの田んぼは、かつて砂鉄を取るために行われた鉄穴(かんな)流しの跡を農地へと再生させた、"流し込み田"だからなのだそうです。

土畦畔(室谷の棚田)

鉄穴流しによる土砂を窪地に流し込んだところに土で畦畔を築き、それを水田につくり替えるという、先人の知恵。
豊富な砂鉄を含む花崗岩と、炭焼きに適した山林があるこの地域では、古くからたたら製鉄が盛んに行われ、その結果、国内でも最大規模と言われる室谷の棚田が形成されました。

大麻山からの綺麗な水と豊かな土壌、昼夜の寒暖差、日照時間の長さ等、米作りに適した地形を活かして、両谷地域では今でも上質な米が栽培されています。


そんな両谷の方々によって毎年10月に開催される、『室谷の棚田まつり』に行ってきました。

室谷の棚田まつり2018年版ポスター

今年で18回目を迎える、室谷の棚田まつり。
収穫が終わった10月の下旬、豊作に感謝して行われるお祭りで、棚田の上にステージが組まれ、このポスターのように棚田で神楽や田ばやし等が奉納されるのですが・・・

今年は、直前に雨の日が続いたため地面がぬかるんでしまい、田んぼの中にステージを組むことができず、近くの井野小学校室谷分校跡地(室谷塾)に会場を移し、開催されました。

棚田のステージを見ることができなかったのは残念ですが、当日の天候は晴れ。ステージの背景にハデ干しのセットが組まれ、多くの来場者で賑わっていました。

多くの来場者

お祭りの中で行われていた、「棚田散策会」にも参加しました。
コンシェルジュの方に案内をしていただきながら歩いた室谷の棚田。展望所から見る景色は、眼下に棚田と日本海とが眺望できる、素晴らしいものでした。

棚田散策会

心に残ったのは、空気の匂いです。
大麻山から吹き下ろしてくる風と、日本海からの風が混じる場所。街中では感じることができない、何の匂いも混じらない澄んだ空気。頭の中がクリアになるような感覚..."美味しい空気"というのは、こういうことを言うのでしょうか。
言葉で表現しようとすると難しいのですが、"風だけの匂い"、というのが一番近いような空気です。

風だけの匂い

両谷の空気、風の中で育まれる棚田米。
特に、ここの水で炊かれたというごはんは驚きの美味しさでした。上質な米と水、最高です。(両谷は水が綺麗すぎて、蛍も棲むことができないほどなんだそうです!)

展望所から見る室谷の棚田
展望所から見る室谷の棚田

室谷の棚田展望所

室谷の棚田米

景観だけではなく、米所としても素晴らしい室谷の棚田。
しかし、少し横に目線を移してみると...草が茂り、手入れがされなくなった棚田が複数ありました。

手入れがされなくなった棚田

日本中の田畑で、過疎化や高齢化により耕作放棄地が増え続けている今、室谷の棚田も同じ問題を抱えています。

放棄された棚田は景観を悪くするだけではなく、土砂崩れ等を起こす原因にもなるそうです。その対策と有効利用のため、柿の木が植えられている棚田もありましたが、荒れているところも目にしました。

急峻な地形と環境を活かし、狭い面積の田んぼできめ細やかな米作りをすることができる棚田。しかし、それゆえに大きな機械が入らず、手作業による多くの労力が必要なため、量産することができません。

昭和の時代には約4,520枚もあった棚田は、今では1,300~400枚まで減少しています。

室谷の棚田の風景

散策会で聞かせていただいたお話の中で、忘れられないことばがありました。

ご高齢のひとり暮らしのため、やむを得ず棚田を手放さなければならなくなった方が、両谷での暮らしを後にされる前に、仰ったということば。

"私は米をつくってきたんじゃない。田んぼをつくってきたんだ。"

 室谷の棚田

小さな棚田の草を刈り、耕し、水を張り、稲を植え、手入れをし、毎日毎日、大切に大切につくられてきた、室谷の棚田。

美しい景観の中には、私が想像しても足りないほど尊い、日々の営みと、ここに暮らしを築き守ってきた人間の誇りがありました。

雑草が生い茂り、形を失おうとしているその棚田を目の前に聞く、胸に迫ることば。

室谷の棚田の、ひとつの現実・・・。

室谷の棚田の、ひとつの現実

室谷の棚田の美しく輝く面だけではなく、そうした"現実"も包み隠さず教えてくれた、棚田散策会。

少し遠くに、ステージで行われている石見神楽のお囃子を聴きながら、散策は続きます。

石見神楽のお囃子

棚田の中を歩くと見えてきたのは、たくさんのユニークなかかしたち。
「かかし村」と名付けられたそこには、地域の方が用意された創作かかしの数々が立てられていました。みなさん良く知る、アレやあのキャラクター、あの人まで!!

かかし村(室谷の棚田まつり)

かかし村(室谷の棚田まつり)

かかし村(室谷の棚田まつり)

お花で飾ったテーブルに、熟柿やお茶を置いて出迎えてくださるところもありました。
じわーっとこみ上げてきた感動は、柿の甘さと美味しいお茶の温かさのせいだけでなく、深いおもてなしの心によるもの。

お花で飾ったテーブル

みなさん親切に、お茶飲んでいきなさい、餅持って帰りなさい、おにぎりもどうぞ・・・などなど・・・
両谷のみなさん、本当にありがとうございました。

松江に戻り、風が吹くたびに匂いを確かめてみますが、"やっぱり、両谷に吹く風は格別だったなぁ"と、思い返しています。

忘れられない、風の匂い。

室谷の棚田から見る景色

5月20日前後の早朝、室谷の棚田から見る景色。それが一番美しいのだと棚田散策会の中で教えていただきました。
いつかその朝にもう一度、室谷の棚田を訪れてみたいと思います。

そのときにも、あの風の匂いと、美しい棚田の風景が広がっていますように。
そう願わずにはいられない、室谷の棚田。

今回の旅は、その美しさを知ると同時に、棚田が直面する現実に触れる機会にもなりました。
室谷の棚田まつりは、都市住民との交流の場を設け地域の活性化に繋げるための、保全活動の一環としても位置付けられています。

室谷の棚田

毎年10月下旬に行われるお祭りに、あなたも一度、訪れてみませんか?
きれいな風が吹くところ。今、このときも、きっと。

コーヒー

最後にちょっとした、両谷地域の豆知識を...
世界で初めて缶コーヒーを作り販売した三浦義武は、今回のお祭り会場のすぐ近くの出身なのだそうです。
今は生家の石垣が残っています。
お祭り会場で飲んだヨシタケコーヒー...美味しかったなぁ♪


◎室谷の棚田について⇒浜田市観光協会へ

室谷の棚田まつり風景
室谷の棚田まつり風景

室谷の棚田まつり(まつり報告祭)
室谷の棚田まつり(まつり報告祭)

また来よう、室谷の棚田まつり。
また来よう、室谷の棚田まつり。