「幻の広浜鉄道」今福線の旅(1)【始まりと橋脚群編】

吉田くん

暖かな秋の陽射しの中、浜田市山中の県道を、あるものを探して車を走らせます。

「え!?...わっ!あったー!!」

曲がり道の途中に突然、この古びた巨大な柱を見た驚きは、言葉にし難いものがありました。
この写真の景色が、急に視界にドドーンッ!と現れるのです。
打ち棄てられたかのように、黒ずみ苔が生え、じっと立ち尽くす、物言わぬ巨大な柱。
興奮と同時に、はっとさせられるような光景です。

今福線の橋脚 

巨大な柱の正体は、幻の広浜鉄道と言われる今福線の橋脚。

かつて、広島県と浜田市とを結ぶ広浜鉄道の一部として着工した今福線ですが、戦前戦後の二度に渡り建設が中止され、ついに線路が敷かれることなく幻の鉄道となりました。

浜田市内にはその遺構が、路線の跡に沿っていくつも存在しています。
この橋脚も、その一部なんですね。

陰陽を鉄道で結ぶ計画は明治の時代から始まっていたそうで、今福線は島根県側の鉄道として、昭和8年に下府(しもこう)から今福までの区間が着工。しかし、完成間際の昭和15年、太平洋戦争の影響によって工事は中断されます。その後、昭和44年に路線を今福から浜田駅を結ぶ新しいルートに変更し再度着手されますが、またしても悲劇が襲います。旧国鉄の経営難によって昭和55年に建設は中止。時代の波に翻弄され、今福線の計画は終わりを迎えたのです。

戦後着工の新線が完成していれば、浜田から広島までが55分で繋がっていたのだというのですから...今考えても夢の鉄道ですよね。

今福線マップ

今回は戦前に着工した旧線を中心に、建設当時の様子を知る地元の今福線ガイドの会の石本恒夫さんと、浜田市観光交流課の方々にご協力いただき、この幻の鉄道遺構を案内していただきました。

悲しい歴史を持つ今福線ですが、そんな印象とは打って変わって...とってもワクワクする夢のある旅になりましたので、皆さんにも興味を持っていただければ嬉しいです♪


旅の始まりは、JR山陰本線の下府駅から。

右側の2番線ホームを挟んで奥に見えるのが、今福線が通るはずだった幻の3番線です。
旧線の計画では、起点駅になる予定だった下府駅。今福までは約15km。私たちもここから出発します。

JR山陰本線『下府(しもこう)駅』

JR山陰本線『下府(しもこう)駅』

そして、旧線の路線をたどって先ほどの橋脚へ辿り着くのですが...
「まだまだこれからですよ。」ということば通りに、次々とトンネルや橋脚、橋台等の鉄道遺構たちが姿を見せます。

鉄道遺構 

先ほどのことばを体現するような橋脚群です。

旧線では最長90mの橋梁となる予定だった場所。
一部杉の木の奥に隠れて見えませんでしたが、橋脚は4基、一番高いもので高さ15m。橋台が2基。
迫力があります。

今福線の橋脚群(山側からの眺め)

今福線の橋脚群(山側からの眺め)

山側に整備された道を登ると、橋梁から繋がる路線の上に立つことができます。
あちらから機関車がまっすぐ走り迫ってくる幻を思い描いて...また少し感動を覚えました。

橋梁から繋がる路線の上に立つ

>>"幻の広浜鉄道"今福線の旅(2)【コンクリートアーチ橋編】

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